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新潟地方裁判所 昭和41年(わ)196号 判決 1967年1月13日

被告人 近藤宣夫 芳田昭二

主文

被告人ら両名をそれぞれ懲役三年に処する。

ただし、被告人ら両名に対し、この裁判確定の日からいずれも四年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人安田泰助に支給した分は被告人近藤宣夫の、証人関根正に支給した分は被告人芳田昭二の各負担とし、証人川上富作に支給した分(第一回分)は被告人ら両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人らは、いずれも乙種一等機関士の海技免許を有し、東京都内に本社を持つ三協汽船株式会社所属の貨物船「三協丸」に乗り組んで高級船員として勤務し、主として中華人民共和国方面との物資輸送に従事していたものであるが、昭和四一年五月二一日早朝右「三協丸」が積荷のため新潟港東洋埠頭に入港したことから、船内勤務を終えたのち、同日夕刻より同船内で酒を飲んだうえ、さらに飲酒すべく新潟市内に上陸し、右埠頭附近の三軒の飲食店や知人宅を廻つて飲み歩いたあげく、同日午後一一時三〇分ごろ酒に酔つて同市西竜ケ島通称東港 道路を通行中、そのころ被告人芳田とやや離れてその先を歩いていた被告人近藤が、その前方にたまたま勤務先から帰宅途中の川上富作(当時六一才)の姿を見かけるや、同被告人において、同人に道を尋ねて知人宅にでも赴いてみようと考え、同人のあとを追い、その後方から右知人宅方面への方角を問うたうえ、さらに詳しく聞こうとしてなおも同人を追尾し、再びその後方から右知人の勤務先の所在地を尋ねたところ、同人が、辺りは暗いうえ、人通りもなかつたこともあつて、同被告人の右のような執拗な態度に恐怖の念を覚えたため、これに相手になるまいとして「新潟の者だが山の下(前記知人宅所在の地名)の方は詳しくない。今夜は親戚に葬式があるのでね。」などと適当な返事をしてその場から立ち去ろうとしたので、同人が嘘を云つてわざと道を教えないものと思い、また同人が道を尋ねるのに迷惑そうな態度を示したことからこれに腹を立て、なおも同人のあとを追つてこれに近ずき、同市西竜ケ島一、七三一番地の一三所在株式会社和田商会沼垂油槽所附近歩道上において、やにわに後方から同人が持つていた手提鞄を片手で押え、同人に対し、「この野郎、その恰好は葬式に行くのと違うじやないか。」などと云つてなんくせをつけて口論となり、さらにこの様子を見て同被告人を応援すべくその場に駈けつけて来た被告人芳田と意を相通じ、ここに被告人らは共謀のうえ、被告人近藤が同人の手提鞄を、被告人芳田が同人の前方に立ちふさがつてその身体をそれぞれ掴まえ、被告人ら共同して同人を押えつけ、こもごも手拳で同人の頭部や顔面をそれぞれ力一杯何回となく乱打したが、その際被告人芳田はなおも被告人近藤が同人の持つている前記手提鞄を押えて離さないでいるのを見るに及んで、とつさにこうなればいつそのこと同人から右手提鞄を強取しようと思いつき、被告人近藤に対し、「早く鞄を取り上げてしまえ。」と叫ぶや、同被告人も被告人芳田の意を了してこれと強盗の意を相通じるに至り、ここに被告人らは共謀のうえ、まず被告人近藤が履いていた自己のスポンジ製サンダルで同人の顔面を一回位殴打し、さらに被告人芳田が「小路に引きずり込んでしまえ。」と叫んだのをきつかけとして、被告人ら共同して謝りながら必死に抵抗する同人の身体を引張つて、前記歩道脇の小路にこれを引きずり込んだうえ、その場にうつ向けに転倒させ、その上からこもごも同人の頭部や背部を一〇回位蹴りつけるなどの暴行を加えその反抗を抑圧し、被告人近藤が、なおも同人ともみ合つて再び前記歩道上まで出た際、同所において同人の手からその所有にかかる前記革製手提鞄(在中品老眼鏡一個ほか雑品一一点位価格合計三、三七〇円位)を奪い取つて強取し、その際、被告人らの前記一連の暴行により、同人に対し、加療約五週間を要する顔面挫創兼擦過創、左額骨骨折、後頭部打撲の各傷害を負わせたが、これらの傷害は被告人らの前記強盗の犯意を生じた前後のいずれの暴行によるものか明らかでないものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人らは、被告人らはいずれも多量に飲酒し酩酊していたため、本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するので検討するに、前掲各関係証拠によると、なるほど被告人らは本件犯行前かなり飲酒し、犯行当時も相当酩酊していたことは窺い知ることが、右各証拠によつて認められる。被告人らの平素および犯行前の飲酒量、被告人らの犯行前後の言動ならびに犯行の具体的態様に加えて、被告人らの当公判廷における各供述の内容等を総合すると、被告人らはいずれも本件犯行当時飲酒酩酊により是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行為する能力が著しく減弱していたものとはとうてい認められず、したがつていわゆる心神耗弱の状態にあつたものではないから、この点に関する弁護人らの主張は援用の限りではない。

(法令の適用)

被告人らの判示各所為のうち、強盗の点は、刑法第二三六条第一項、第六〇条に、傷害の点は、同法第二〇四条、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、刑法第六〇条にそれぞれ該当するところ、強盗と傷害とは後記のとおり包括一罪として評価すべき場合であるから、同法第一〇条により一罪として重い強盗罪の刑で処断することとし、被告人らにはいずれも犯罪の情状に憫諒すべきものがあるから、同法第六六条、第七一条、第六八条第三号により酌量減軽した刑期範囲内で被告人ら両名をそれぞれ懲役三年に処し、なお後記情状を考慮して同法第二五条第一項第一号により被告人ら両名に対し、この裁判確定の日からいずれも四年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文ないしは第一八二条を適用して主文掲記のとおりそれぞれ被告人らの単独負担ないしは連帯負担とすることとする。

なお、検察官は、本件は被告人らが当初より川上富作の手提鞄を強奪する目的で同人に暴行を加えたものであるから強盗致傷罪をもつて問擬すべきである旨主張するのでこの点について補足して説明する。

強盗致傷罪が成立するためには、傷害が強盗の機会において生じたものでなければならないが、これが意味するところは、その他の要件はさて措き、まず傷害が犯人において強盗の犯意が発生した後における暴行によつて生じたものであることを前提条件とするというに他ならない。したがつて、傷害が強盗の犯意を生じた前後のいずれの暴行に起因したものか不明である場合には、前者によつても受傷の可能性があり得るところから「疑わしきは被告人の利益」の原則に従いもはや当該犯人に対しては強盗致傷の罪責を問うことができなくなるのも当然のことである。これを本件についてみるに、前掲各関係証拠を総合検討するも被告人ら両名が当初から川上富作から金品を強奪する意図のもとに本件犯行に及んだものとは認め難く強盗の犯意は前判示のとおり被告人近藤が川上富作の言動に因縁をつけ、被告人芳田が之に加担して同人に暴行を加えた後に生じたものと認むべきであり、又被害者川上富作が判示のような傷害を受けたことおよびその傷害が被告人らの本件一連の暴行に起因することはいずれも証拠上明らかであるが、前掲各関係証拠によつて認められる被告人らの強盗の犯意発生前後の各暴行の方法、程度および態様等を仔細に比較して検討すると、そのいずれによつても判示のような傷害を被害者に与えるのは不可能なことではなく、この事ととりわけ本件が比較的短時間の間の相接続した一連の暴行による事件であることをも併わせると、前判示のとおり前記傷害が被告人らの強盗の犯意発生前後のいずれの暴行によつて生じたものであるかどうかについては明確な心証を惹起するには至らず、結局証拠上これを確定することができない(もつとも、被害者川上富作は第二回公判廷において判示額骨の骨折は判示サンダルで殴打された際、判示顔面の負傷は判示小路で蹴られた際にそれぞれ受傷した旨供述し、これによると右各傷害は被告人らの強盗の犯意発生後の暴行に起因することになるが、右供述自体同人の推測によるものと思われるふしが窺えること、この点は明確でないとする同人自身の第六回公判廷における供述ならびに前記のような本件一連の暴行による受傷の可能性等を総合すると、同人の前記第二回公判廷における供述には直ちに信を措くことができない。)。そのほか、本件傷害が被告人らの強盗の犯意発生後の暴行に起因するものと明確に断定し得るに足りる充分な証拠はない。

そうすると冒頭説示のとおり、本件については、被告人らに対し、もはや強盗致傷罪をもつて問擬することはできず、判示暴行の時間的、場所的一連性ないしは接着性に着目して、強盗罪と傷害罪の混合した包括一罪として重い強盗罪の刑で処断すべきが相当である。

(量刑の事由)

被告人らの本件犯行は、判示のとおり夜間公道を通行中のなんの罪もない老人に因縁をつけてこれを脅迫したうえ、執拗極まる暴行を加えたあげく、被害者の所持品を強奪し、その結果被害者に重傷を負わせたものであり、被害者にはいまだ右重傷による後遺症が残つていることまでにも思いを致すと、その罪質は重く、その態様も悪質であり、被害者に与えた恐怖感、社会に与えた不安感のいずれも大なることとも併わせ考えるとき、被告人らの刑事責任はまことに重大であつて、その罪自体はまさに実刑に値いするものといわなければならない。

しかしながら、被告人らの本件犯行は飲酒のうえでの偶発的犯行であること、被害者に対しては、本件犯行による物質的、精神的損害の填補としては足り得べきもないが金一二万円が支払われ被害者も一応これに満足していること、被害者は、被告人ら家族の再三にわたる誠意ある陳謝の意の表明もあつて、かえつてその家族を同情する余り、被告人らを心より宥恕し寛大な処分を切に願つていること、被告人らはこれまでいずれも前科はもとより逮捕歴ないしは非行歴もなく、それぞれ海一すじに真面目に勤務し、かつ堅実な生活を送つていたこと、被告人らはいずれも妻子ら家族の生活の支柱であり、今ここで被告人らを実刑に処するときは右家族らの生活は経済的にもまた精神的にも根底から破壊されるものと認められること、被告人らは本件犯行後、いずれも深く自己の非を反省し、改悛の情も顕著であることそのほか被告人らの年令、性向等諸般の情状を斟酌すると、この際被告人らに対しては実刑に処するよりもむしろそれぞれ刑の執行を猶予し、その家族らとともに社会生活を送らせて、再びかかる過ちを繰り返えさないよう更正の道を歩まさせるのが相当である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 石橋浩二 磯辺衛 松村利教)

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